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ちょっと脱線

ところで、トワル・ド・ジュイは「Indienne(インド更紗)と呼ばれる綿布地の一種である」と先に書きましたが、

この「更紗」とは一体、何でしょう?



更紗は、唐草模様・人物・植物などのインド風文様を「織り」ではなく「染め」で表している木綿生地のこと...。

日本語の「更紗」の語源はポルトガル語のsara?a、「花などの模様を撒布する」という意味のジャワの古語セラサ

から来ているのではないかと言われています。その"セラサ"がポルトガル語を介して17世紀初め頃までに日本に

伝来したそうです。日本で作られたものは和更紗(わざらさ)と呼ばれます。


インド更紗の歴史は古く、インドネシアのバティックもペルシャ更紗もすべてインド更紗がルーツだと考えられています。

そして、トワル・ド・ジュイも更紗の仲間、インド更紗の技法とデザインを模倣し、木版に代えて銅版を使用するなどの

技術改良を加えながら発展していったものなのです。実際に、ジュイ更紗という言い方もするようです。トワル・ド・

ジュイもインドネシアのバティックなどと同じ更紗の仲間だったのですね!びっくりです。先に紹介した画像「1760~

70年頃のジュイ布地」がどこかオリエンタルな感じなのも納得!ですね。


    19世紀前半のインド更紗              1795年頃のジュイ生地
       
  ※ギャラリーチューリップ様より画像借用(了承済) 画像掲載元「 アンティーク・テキスタイルGallery Tulip」
          


上の画像、左は19世紀前半のインド更紗、右はトワル・ド・ジュイ美術館所蔵1795年頃のジュイ生地です。花模様と

アラベスク、その間に鳥、ジュイ生地の方には、半分植物で半分動物の不思議な生き物が!?でも、白地に植物と

アラベスク柄、ジュイがインド更紗を模倣して始まったというのがよくわかりますね。この当時のジュイ布地は、殆どが

色とりどりの花柄でした。


では、私たちが今日よく知る「白地にモノトーンの人物柄」というジュイの柄はいつごろから始まったのでしょうか?



トワル・ド・ジュイの歴史 ~その2 オーベルカンフ・ジュイ工場 黄金時代へ

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