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トワル・ド・ジュイの歴史~その2 オーベルカンフ・ジュイ工場  黄金時代


工場設立当時22歳の若きオーベルカンフはどんどん工場を拡大していきます。優秀な人材を国内外から集め、最盛期には

1000人を超える労働者を雇い、ジュイ・オン・ジョザスの住民の60%がこの工場で働いていました。1783年には王室

御用達となり、1787年にはルイ16世によって貴族の位を授けられます。1806年にはナポレオン自らが工場を訪ね、オーベル

カンフにレジオン・ドヌール勲章を授与しています。まさにこの18世紀末から19世紀初めにかけてがジュイ工場の黄金時代、

オーベルカンフは当初の元手を2万倍に増やしたそうです!


 

下の油絵は、オーベルカンフがナポレオンの来訪とレジオン・ドヌール勲章授与を記念してユエに依頼した作品。

画面右下にナポレオンを出迎えるオーベルカンフが描かれています。 工場敷地内の野原いっぱいにたくさんの

布地が干されていて、生地の花畑のように見えますね。

ジュイ・オン・ジョザスのオーベルカンフ工場

          「ジュイ・オン・ジョザスのオーベルカンフ工場」 Jean-Baptiste Huet作 

            カンバスに油絵の具 1807年  (トワル・ド・ジュイ美術館所蔵 )



そして、白地に人物柄が登場するのがちょうどこの黄金時代、1783年頃からです。技術的には、木版による印刷から銅版に

よる印刷に代わった頃と一致しています。銅版印刷に代わったことで、より柄の大きい人物柄を印刷することが可能になった

からでしょう。この時期には、当時の有名な画家たちがジュイ生地のデッサンを担当しています。まさに全盛期ですね。

この白地に描かれる人物柄は、繊細かつ生き生きとしていて、しかもモノトーンで描かれていますので、現代の少女マンガの

ワンシーンかと錯覚してしまいそうなものもあります。なかでも、トワル・ド・ジュイを有名にしたのは、優雅な田園風景や

風俗画をモチーフにしたJean Baptiste Huetの手による柄でしょう。Huetがジュイ工場に加わったのは1873年、ちょうど

ジュイ布地に人物柄が登場する頃です。Huetの登場もジュイ工場の発展と人物柄布地の誕生に大きな役割を果たしている

に違いないでしょう。美しい風景の中の草上の昼食、のどかな畑や庭仕事のシーン、スケートやダンスのコミカルなシーン、

動物たちが生き生きと描かれる狩の場面、等々。トリアノンで田舎暮らしの真似事を楽しんだマリー・アントワネットが ジュイ

生地に夢中になったのも当然かもしれません。もしかしたら、アントワネットからの要望でこのようなテーマの生地が 作られる

ようになったのかもしれませんね。



*オンラインショップでは、今期、Huetによる柄の布地 - 「四季の喜び」3色、「世界の四大陸」2色を取り扱っています。



 粉引きと息子とろば            岩の橋の上に立つパゴダ」

「粉引きと息子とろば」 1806年 


オーベルカンフ工場製作
   
銅版印刷による木綿布地 

トワル・ド・ジュイ美術館所蔵  

デッサンはJean-Baptiste Huet

産業製品展で金賞を受賞したころのジュイ生地


「岩の橋の上に立つパゴダ」 1783-1798年 


銅版印刷による木綿布地 

トワル・ド・ジュイ美術館所蔵 

トワル・ド・ジュイは当時流行のベッド装飾に

頻繁に使われました。同時に、寝室の壁や

カーテンなどにも同じ生地が しばしば使われた

そうです。まさにトワル・ド・ジュイの部屋ですね!



ところで、意外にも、トワル・ド・ジュイの代名詞とも言えるこの人物柄は、デッサンの数としては100枚足らず。ジュイ工場の

生地のデザインの大半は色とりどりの花柄なのだそうです。今の私たちにとっては、少し不思議に感じます。ジュイといえば

モノクロームの人物柄!と思っていたのに...。当時も、現在のジュイ布地のように、同じデザインを使って色違いを何色も

製作していたからデッサンが少なくて済んだのでしょうか?...今度、美術館に行ったときに、ぜひ質問してみたいと思います。



さて、ナポレオンの第一帝政時代、1806年には、ルーブル宮で開かれた産業製品展で金賞を獲得したオーベルカンフのトワル・

ド・ジュイですが、ナポレオンの失脚とともに急速に衰退することになります。大陸封鎖による原料不足、オーベルカンフの死

(1815年)、後継者の力不足もあって、1843年ジュイ工場のすべてが売却され、その83年の歴史の幕を閉じたのでした。

200年後の今日まで続く伝統生地トワル・ド・ジュイ。その布地を生んだオーベルカンフのジュイ工場の歴史はほんの83年、

一世紀にも満たない短い短いものだったのですね。。。命は短し、芸術は長し...ということなのでしょうか。


参考資料:Le musée de la Toile de Jouy  Anne DE THOISY-DALLEM  Édition musée de la Toile de Jouy 19,50 euros T.T.C.

掲載している画像は、許可をいただいて上記トワル・ド・ジュイ美術館カタログより転載しております。


 



ちょっと脱線~ジュイ誕生の背景へ

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